保護者の受験体験記ADMISSION

保護者の受験体験談

すべてに優先して実践したこと

1年生保護者 A.Y さん

去年秋の受験を振り返ってみますと、我が家にとって受験とは合否が決まること以上に、娘とどう向き合ってきたかを問う総括の意味合いが大きいと感じます。娘は2月生まれということもあってか人見知り・場所見知りが激しく、他のお子さんのように初めての場所でも元気に振舞うタイプではありませんでした。このままでは受験会場で「ママがいい~」と泣いて試験すら受けられないのではないかと非常に不安でしたが、受験のためのトレーニングはしませんでした。家族で過ごす時間を割いて幼児教室へ通ったりペーパー問題をやるのは、私共が目指す子育てではないと思ったからです。

受験準備ではありませんが、娘を授かってからの6年間、母親の私がすべてに優先して実践したことがあります。「早寝早起き」「バランスのとれた手作りの食事」そして「頑丈な体作り」です。どれも当たり前のことで、わざわざ言及することではありませんが、これらは将来、勉強したり社会で活動する上で必要なときに集中する力、ここぞというときに頑張る気力を育てる基礎になると考えたからです。私は仕事に復帰する際、娘の就寝時刻を8時と決め、そこから入浴や夕食、食事の支度などの時間を逆算して勤務体制と退社時刻を決めました。娘の通った保育園は体作りに力を入れていて、5年間本当にみっちりと体を鍛えられました。1歳児は近くの神社へのお散歩が日課で、隣接する大学の柔道部員が練習で神社の階段を上り下りする横を、ヨチヨチ歩きの子どもが手足を思い切り使って上り下りしているのを見かけたときは、本当にびっくりしました。このような日々を送ってきた娘は今も外遊びが大好きです。一日に一回は外で走り回らないと調子が狂うようです。週末は家族で朝から公園で鬼ごっこをして、お昼ご飯を食べて、一緒にお昼寝をして・・・とあっという間に過ぎていきました。

こうした方針のもとAO型入試を志願いたしました。子供に負担をかけずに親の考えを聞いていただき、入学に適しているかを判断していただくためです。推薦者には娘の保育園の元園長にお願いしました。我が家のことをよくご存知で、かつ娘のことでよく相談にのっていただいていたからです。「政治家にお願いすると合格する」という噂も耳に入りましたが、これは恐らく学校説明会の中で「推薦者を選ぶことから受験が始まっている」という先生のお言葉をそう解釈された方がいらっしゃったのだろうと思います。両親面接での校長先生は相手を気遣う心の優しい方という印象でした。開口一番「ここまで長かったですね。お疲れ様でした。もう少しですのでお互い頑張りましょうね」という温かいお言葉をいただき、一気に緊張がほぐれたのを覚えています。と同時に、私共は受験をあまり意識せずのほほんとこの日を迎えたため、逆に校長先生のご苦労を思い申し訳ない気持ちになりました。

この面接は私とって生涯忘れられないものになりました。先生とのやり取りの中で、予想外の発言が夫の口から飛び出たからです。「娘にどんな女性になってほしいか」という質問に対して「妻のように何事にも手を抜かず一生懸命頑張る女性になってほしい」という夫の言葉に心臓が飛び出るほどビックリし、こみ上げる涙を抑えるのが大変でした。子供のことについて話はするものの、日ごろ忙しくてアップアップしている私をそのように認めてくれていたとは思いもしませんでした。あの面接で校長先生以上に私自身が我が家がどんな家族なのかを知った気がします。

11月1日のことは娘に試験であるとは伝えませんでした。娘はテストなど順位や評価が伴うものをとても嫌がっていましたので、ボイコットされかねないという心配と、万が一の場合「自分は試験に落ちた」という思いをしてほしくなかったからです。本人には小学校の先生と遊ぶ会があって、年長さんだけ招待される行事だと説明しました。それでもドキドキすると訴える娘に、当日朝「これはママのお友達がくれた魔法のキャンディーでね、これをなめるとなぜか元気になって、大きな声が出るんだって」と伝えて、前日に買っておいた飴を与えました。「これ美味しい。なんだか元気が出てきた」といって会場へ入りました。

9月以降、娘は精神面で随分成長したように感じました。ただ、これまでの経験からその場の雰囲気によっては受験を拒否する可能性は十分ありました。他のお子さん方が笑顔で会場へ行くのを見ながら、泣きじゃくる娘の手をとり「私どもはここで失礼します」と言って帰る自分の姿が目に浮かびました。そうなった場合には、精神的に成長が追いつかなかっただけのことだと冷静に受け入れようと覚悟していました。ところが驚いたことに、番号を呼ばれると娘はさっさと廊下に出て列に加わってしまったのです。これまで何度も、イベントなどで私のもとを離れられずに泣いて参加できなかったので、目の前で起きていることが信じられませんでした。

待っている間、涙がこみ上げてきました。「子供は必ず成長する。植物が芽を出し葉を出しやがて花を咲かせるように、今できないことも時期が来れば必ずできるようになる。ああ、信じていてよかった。」そんな思いで胸がいっぱいになりました。わずか2ヵ月前に試験があったとしたら、恐らく娘は「ママがいい」と泣き出して受験はできなかったでしょう。この2ヵ月で娘が急カーブを描いて成長したことを実感しました。

その夕方、合格をいただきました。不思議と涙は出ませんでした。「えっ?うちの子が合格?本当に?全員合格したわけじゃないわよね・・・」恥ずかしながら、これが本心です。合格証書を頂いた後、優しそうに微笑んでいらっしゃる校長先生にお辞儀をしました。「我が家の方針をご理解いただきありがとうございます。娘はダイヤモンドの原石です。(硬くて丈夫です。)学校と協力してキラキラ輝く宝石にします。」と心の中で申し上げました。東京女学館小学校の受験を通して、「合格」という結果とは別に、私はとても素晴らしいプレゼントを頂きました。ひとつは面接の場で夫の気持ちを知り、夫に対する感謝と尊敬の念を改めて感じました。もうひとつは、試験を堂々と受けてきた娘を見て、いろいろな噂や迷いに負けず娘の成長を信じて育ててきたことへの自信です。