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学習・進路行事

中学3年でヒロシマ修学旅行に向けて平和学習に取り組みました

 7月10日、中学3年では、ヒロシマ修学旅行で献納する、平和への思いを込めた折り鶴レリーフを制作しました。
 複雑な図案にも関わらず説明をしっかりと聞いて理解してくれたので、歴代最速の制作時間で美しいレリーフが完成しました。まずは下地の段ボールをクラスごとに6分割し、ボンドで黙々と鶴を配置していきます。なるべく自分たちのクラスが折った鶴が使用されるようになっています。上半分が左からA・B・C組、下半分が左からD・E・F組です。
 立体的に見えるようにモチーフごとに鶴の向きを工夫したり、規則的に美しく見えるようにグラデーションに気を使ったり、丁寧に美しく配置されています。足りなくなった鶴もあったのですが、作業が早く終わったクラスの生徒が黙々と追加で折ってくれました。
 以下、美術科教諭からの感想です。

A組 今回のレリーフの重要なピースバラ、未来へ向かっていく希望の光を鶴の向きを考えながらとても素敵に作ってくれました。
B組 鳩の立体感がとても良いです。グラデーションもとても綺麗にできています。鳩の目の黒い鶴も折ってくれてありがとうございました。
C組 澄んだ青空と海を表現してくれました。鳩の翼の陰影も自分たちでアレンジして考えて作ってくれ、大きく羽ばたいているようにできています。
D組 海面に光が反射する様子を自分たちで考えて表現してくれました。丁寧に並べられた鶴が海の美しさを表現できています。
E組 力強い陸地をオリーブ色の鶴で、風にたなびくリボンの青を海のあさぎと明るさで差をつけながら、ちゃんと置き方にも気をくばって風を感じるように制作してくれました。
F組 手の形が難しいにもかかわらず、陰影をつけながらちゃんと優しい手の形ができていてとてもよかったです。追加でたくさん折り鶴も折ってくれてどうもありがとうございました!

 当日力を貸してくださった生徒の皆さん、どうもありがとうございました。どのクラスも協力し合いながら、平和への祈りを表現する、素晴らしい折り鶴レリーフを完成させることができました。
 原画の募集から始まり、原画制作者のA.I.さんとデザインについて話し合い、沢山の折り鶴を学年全体で折り、委員の生徒たちが集計し、クラスに呼び掛けたり折り直したりして、やっと完成した折り鶴レリーフです。記念祭の平和展、そして、修学旅行のセレモニーで献納するまで、この学年で大切にしていきましょう!

 12月のヒロシマ修学旅行では、小グループに分かれてバスや路面電車を乗り継ぎ、広島市内の被爆ゆかりの地を半日かけて巡るフィールドワークを予定しています。そこで1学期末には、その練習という目的で、都内各所の戦争にまつわる資料館やモニュメントを巡る都内フィールドワークを実施しました。
 7月13日の総合学習の時間では、平和学習委員の司会進行で、各班がフィールドワークで得た情報をPowerPointで発表し、クラスでのシェアリングを実施しました。自分たちが実際に見て、触って、体験したことは、胸のうちに重い印象を残したようですが、他の人たちの発表を聞き、「怖い」「辛い」との感想にとどまらず、いかに広島修学旅行に臨むべきか、今の自分にできることは何か、気持ちを改めた様子でした。

生徒の感想

●調査対象:わだつみのこえ記念館●
 わだつみのこえ記念館には『きけわだつみのこえ 日本戦没学生の手記』の本の中にある、当時の学生さんたちが書いていた日記などがたくさん展示されていました。私が一番印象に残ったのは、上村元太さんの書いた日記です。この人が書いた「聖戦日記」という日記の中にある言葉がとても私の心に響きました。「『生きたい』とこれほどまでに考えつつ死に直面した時の苦痛は、思いみるだに顔をそむけたくなるほどぞっとするものであろう。『生きて帰る』俺にはまだまだ山ほど人生がある」という言葉です。この人の父母への思い、妻子への思い、故郷への思い、学問に対する欲求、社会に役立ちたいとの願い、そして、生への執着とそれを許さぬ歴史の流れの真只中に放り込まれた苦悩……など様々な思いが込められていると思います。また、資料館の方々がおっしゃっていた言葉で印象に残ったのは、「亡くなってしまった当時の学生さんたちの言葉や思いを私たちが伝えていくことで、亡くなってしまった人たちがまた生き返ったようになる」ということです。戦争は、教科書とかで見る、何か自分とは違った世界の話かなと思っていました。けど、やっぱりその時代に生きた方がいるわけで、お話を聞いて、もっと身近に感じるようになりました。戦争の記憶を次世代に継承していく必要があると思いました。(T.H.)

●調査対象:明治大学平和教育登戸研究所資料館●
 「秘密の研究所」という普段と違う角度で戦争を見てみて、新しい発見や疑問などがたくさん浮かんできました。自分の青春時代の話を何十年間も家族にも友達にも話せない、また敗戦後、証拠隠滅のために自分の人生の一部をなかったことにされる気持ちについて、考えるきっかけとなりました。私たちと同じ年頃の女学生たちが風船爆弾を作っていて、朝から晩まで作業をしていたため、指紋がなくなってしまったということに驚きました。9,300個のうち約1,000発がアメリカに到達し、亡くなってしまった人もいるという事実にも驚き、ショックを受けました。資料館には1/10サイズの模型が展示されていて、どんなものだったのか実際に見たり、触ったりできました。動物、人体実験のコーナーでは実際にそれを行っていた人の証言がありましたが、とてもショッキングな内容でした。科学者たちが戦争になると人体事件をしてまで兵器を作るようになってしまったことから、改めて「洗脳」されてしまうことの怖さや教育の大切さを感じました。資料館の方が見せてくださった動画の中で話していた多くの人は「お国のために」「勝つためには」と言っていて、国が戦争一色になってしまう恐怖や教育の大切さを感じました。歴史を知らないとどうなるのか、もっとたくさんの人に知ってもらいたいと思います。そのためにも私たちのような若い世代が動くべきだと改めて感じました。(S.R.)

●調査対象:昭和館●
 特に印象に残っていたのは、防空壕の中に入ったような経験ができたこと。爆弾にあたるわけではないのに、とても怖かった。当時の人々はいつ攻撃が来るかわからない恐怖を感じながら毎日を過ごしていたということが身をもってわかった。また、水汲みのバケツを持ち上げる体験もできた。思っていた3倍くらい重く、私には持ち上げることが限界で、運ぶことができないと思った。しかし、当時は私と同じくらいの年の女の子も手伝っていたのだと知って、生活するだけで大変だったのだと思った。千人針についても印象に残った。千人針とは、戦場の弾除けと無事を祈って女性が一人一針ずつ赤い糸で縫い目をつけて千個の糸玉を結んで作ったもの。どんなことを思って作っていたのか、気になった。(N.S.)

●クラス発表・シェアリングを終えて●
 私ははじめ、戦争について学ぶのに消極的でした。というのも、私にとって、戦争とは「悪いもの」という抽象的なイメージがあり、怖いことや悲しいことを学ぶことへあまり意欲がわきませんでした。ですが、今回のフィールドワークを行ったことで、私は「怖い」という感想だけでなく、戦争が起こった背景や、学校や教科書では教えられない様々なことを学ぶことができました。戦時中の内容のみではなく、戦後、今、そして未来のことをグループのみんなと考えることができました。シェアリングでは、私たちが学んだ東京大空襲以外の日本の被害、そして加害、当時の人の思いやその家族の願いを学ぶことができました。私が一番驚いたのは、教科書ではあまり日本の加害が紹介されていないことです。一つの戦争に参加した国ということを忘れてはいけないと思いました。この平和学習を通して、戦争の記憶を風化させないだけでなく、次の世代、そのまた次の世代と、ひどく怖い記憶かもしれないけれど、実態を包み隠さずに伝えることが大切であると感じました。(A.M.)

 シェアリングをして、それぞれの班が訪れたモニュメントがとても心に残りました。それぞれに込められた意味は、戦争を後世に伝えていくため、平和についての祈りなどでした。特に、家族を見送る像など人物像は、当時の人の様子をとてもイメージしやすくするモニュメントで、多くの人が見るといいと感じました。また、戦争は、戦争に向かう兵士だけでなく、一般市民(子ども、女性、動物)にも甚大な影響を与え、たくさんの人々が亡くなってしまいました。日本は被害を受けた国ですが、加害側であったことも事実です。戦争は人の心を奪い、普通なら考えられないようなことも平気でしてしまう、精神的にも身体的にも傷つけられる。慰安婦の方々は性暴力を受けるだけでなく、人体実験などの今では考えられないような悲惨の経験をしているということを初めて詳しく知ることができました。授業の中で聞く話は、日本が被害にあったということを聞くことが多いと感じましたが、実際には多くの残虐な行為を繰り返し、非人道的なことをしていたのだと改めて知ることができました。戦争は人々を傷つけ心を変え、とてもメリットがあるようには感じません。これからの未来へ向けて、後世に伝えていくことは、だからこそとても大切なことだと思いました。(T.M.)

 フィールドワークで、戦争についての資料館へ行ったことで、あらためて戦争の残酷さが感じられました。みんなの発表を聞いて、都内にはたくさん、意味が込められたモニュメントがあることを知りました。戦争は広島、長崎の原子爆弾投下や東京大空襲などに目が行ってしまいがちですが、シベリア抑留や戦時中の暮らし、戦後の暮らしなどを知ることも大切だと思いました。広島への修学旅行に向けて、平和への学びを深めることができました。広島では、そこでしか学べないことをしっかりと学んできたいと思いました。(N.Y.)