建学の精神 GUIDE

今に生きる建学の精神

女子教育奨励設立趣意書

創立当時の教師

創立当時の教師

我が国の教育について考えてみると、明治維新以来の約二十年で大きく改良されたといえるが、しかし全体をみれば欠点もないわけではない。女子教育が振るわないこともそのひとつである。社会は男女の両性で成り立っているものであるから、お互い協力し助け合っていかなくては本当の意味での国家の隆盛は期待できない。

おそらく、女性に求められていることは、三つの立場に置かれたとき、それにふさわしく振る舞えるかということであろう。三つの立場とは何か。それは、人の妻となること、主婦として家庭を守れる人となること、母親になることである。そして主婦になり、母親となって家庭を切り盛りすることは、最も優れた教育を受けた者でなくては、簡単にはできないことである。一家の主婦という者は、家庭を守り、家族の健康に気を配り、家庭の経済のこと等に通じていなくてはできないことである。ということは、女性に教育が欠かせないということは疑う余地のないことである。

殊に女性に教育が必要だと感じるのは母親となった時であろう。そもそも子どもの教育は学校に入って初めて始まるものではない。母親の胎内にある時はともかく、生を受け初めて大気に触れ、陽光を浴びたその時から早くも始まるものである。幼少の時から、学齢に達するまでの教育はすべて母親の掌にかかっており、将来優れた人物に成るか否かは概ねこの間の教育の良否にかかっていると言えよう。  木々が最もたわみやすいのは若木の頃であり、人間が最も感化されやすいのは、幼時のころにある。

学校教育が大切なのはもとより論をまたないが、幼い頃母親の下で良い教育を受けられなかった子どもに、いきなり学校教育を受けさせるということは、砂上に楼閣を築くに等しいことである。それゆえ学校教育を受けさせその功を奏させるためには、まず母親が善良なる教育を授ける者でなければならない。こういう次第で女性に教育が必要ということは今更論を待つまでもない

しかし、女性の教育が今日の急務とするのはそれだけではない。諺で「釣り合わぬは不縁の元」と言うように、およそ結婚の相手としては、知識や品格などお互いに相応しい相手を選ぶべきで、もしそうでないと気持ちが合わないことから、互いの心が自然に遠いものになってしまい、知らず知らずのうちに愛情も薄れてしまうようになる。夫婦の関係がこのようになってしまっては、人生のうえで大切な日々の家庭生活の楽しさをお互い十分に受けられないだけでなく、子どもの教育をはじめ社会の秩序や国家の進歩にまでも障害を生じさせてしまうことになる。

現在のわが国における男女の関係を見ると、できるだけ避けなければならない疎遠や夫婦を隔てる因習を、かえって増長させようという勢力があるのは嘆かわしいことである。なぜならば男子の教育は日々進歩改良を加えているのにも関わらず、女子の教育は依然として古いままであり、あたかも封建時代暗黒世界に生きるが如き状態を残すものもあって男子の知識や思想が進んでいくに従い、女子のおかれた状態とはますます隔たりが大きくなり、この為「釣り合い」を失うものはいよいよ甚だしく、その結果、男女の交際も縁遠く、夫婦の愛情も又自然と薄れていってしまう外ない。社会の男女の関係がこの有り様では、いかに国家の隆盛を望むことができようか。

かくなるうえは、速やかに女子のための教育を興し、男子の教育と並行させ、男子が知識や思想を得ていくのに合わせて、常に釣り合いを失わないように覚悟し実行すべきである。  女子教育が今日急務であることは以上これまで述べてきたとおりであり、それ故我々は今、女子教育奨励会を設立し、広く内外同感の人々を募り、おおいに女子の教育を振興し将来わが国の男女が人生で当然享有すべき幸福を完受でき、よって社会の秩序、国家の進歩に貢献することを期待する。

有志の諸君、願わくばこの趣旨に賛同し、速やかに本会に加盟して共に協同してくださらんことを。

明治十九年十一月
発 起 人

東京女学館通則

東京女学館通則は「目的」として、次のように述べている。「本館は、日本婦人が欧米の婦人の享有するところと同等の教育及び家庭の訓練をうけられるようにすることを目的とする。これは女子教育奨励会の旨趣とするところである。」 東京女学館の創立は、女子教育奨励会を母体としている。 明治十九年十一月奨励会設立趣意書が出され、女子教育の必要を掲げて、同二十一年(一八八八)に英国人教師を迎え開校した。

ここに、奨励会設立趣意書を平易な文に改めるとともに、開校時の女学館通則の一部(目的)を併載する。
(平成十二年七月)